北海道クラブ
北海道を代表する洋画家のひとりである、岩内が生んだ孤高の画家−木田金次郎。
木田金次郎美術館は、生涯岩内を離れる事なく岩内の自然を描き続けた木田の作品や人生をより多くの人に知ってもらいたいという思いから1994年に開館しました。美術館には絶筆となった「バラ」など20点以上を収蔵されており、時代の流れとともに作品を展示。また木田の作品の他にも様々な特別展やコンサートなども催されています。
開館時間:10時〜18時(入館は17時30分まで)
休館日:月曜日(祝日の場合はその翌日)、年末年始(12月31日〜1月5日)
観覧料:大人500円、高校生200円、小中学生100円
所在地:岩内町万代51-3 Tel 0135(63)2221  Fax 0135(63)2288

木田金次郎(1893-1962)と有島武郎(1878-1923)
木田金次郎(1893-1962)は北海道の洋画壇を代表する画家です。明治26年岩内に生まれ、漁業に従事する一方で絵画への夢もまた捨てられず創作活動を続けました。家業であった漁業と絵画への情熱との間で思い悩む木田でしたが、「カインの末裔」「或る女」等の作品で知られる文豪であり思想家・有島武郎との運命的な出会い、そして交流を経て「岩内の画家」として故郷岩内の自然、風土をキャンバスに描き続けていく事を決意します。有島もまたそんな彼との交流を書き綴り、小説「生まれ出づる悩み」として出版。木田はそのモデル画家として知られるようになりました。
有島との交流を重ねながら岩内周辺の自然を描き続けた木田でしたが、大正12年に有島が亡くなった後は画業に専念。昭和29年の岩内大火でそれまでの作品約1,500点余が焼失してしまうという不運もありましたが、その後も生涯故郷岩内を離れることなく精力的な創作を続け、独自の画風を開花させました。
そして昭和37年、脳出血により逝去。享年は69歳でした。
有島との出会いによって、木田の画家としての才覚が花開いたと言っても過言では無いでしょう。そんな2人の交流をはかり知る資料は岩内町郷土館にも展示されています。


雷電海岸カスぺノ岬には、木田との交流を小説「生まれ出づる悩み」として出版した有島の功績を讃える文学碑が建立されています。

荒井記念美術館は平成元年にオープンした、いわない高原ホテルに併設する美術館です。
「貧しい食事」「エロチカ」等、国内最多267点のピカソの版画コレクションや、小説「生れ出づる悩み」を主題として北海道出身画家が制作した作品を収蔵、展示しています。
また、客席数200席のコンサートホールでは、演奏会、講演会等の様々なイベントも催されています。
開館時間:[5月〜9月]10時〜18時(入館は17時30分まで)
     [10月〜4月]9時〜17時(入館は16時30分まで)
休館日:月曜日(祝日の場合はその翌日)
    冬季(12月16日〜4月15日)
観覧料:大人1000円、高校生700円、小中学生400円
所在地:岩内町野束505 Tel 0135(63)1111
昭和46年に開館した町営の資料館です。開基から250年以上、北海道でも古い歴史を持つ岩内町ならではの貴重な品々を展示しています。ニシン漁に使用された漁具や全盛期の栄華をしのぶ調度品、実際に弾く事のできる国産最古のオルガン、20余年もの間岩内町に戸籍を置いていた明治の文豪夏目漱石の戸籍謄本、洞爺丸台風ならびに岩内大火の記録など、幾多の苦難を乗り越えてきた先人達の偉業と郷土の歴史的資料が大切に保存されています。

開館時間:10時〜17時(入館は17時30分まで)
休館日:月曜日、祝日、年末年始(12月31日〜1月5日)
観覧料:大人100円、子ども(6才〜15才)50円
所在地:岩内町清住5-3 Tel 0135(62)3125

夏目漱石は岩内町民だった!?
「坊ちゃん」や「こころ」「吾輩は猫である」などの作品で知られる夏目漱石が20年以上も岩内町に戸籍だけを移しており、現在はその戸籍があった場所に記念碑が建てられています。
当時はまだ岩内周辺には徴兵制が適用されておらず、漱石は徴兵逃れの為に戸籍を移したと言われていますが、この事実を知った兵隊が怒って「奴め、籍を送って徴兵逃れやがった!」と言ったのが訛りになまって「奴め送籍しやがった」→「ヤツメソウセキ」→「夏目漱石」というペンネームになったとかならなかったとか!?

ちなみに「吾輩は猫である」の中にもこんな一文が・・・。
「吾輩は猫である」第6章より
(前略)先達ても私の友人で送籍という男が「一夜」という短篇をかきましたが、誰が読んでも朦朧として取り留めがつかないので、当人に逢って篤と主意のあるところを糺して見たのですが、当人もそんな事は知らないよといって取り合わないのです。全くその辺が詩人の特色かと思います」「詩人かも知れないが随分妙な男ですね」と主人がいうと、迷亭が「馬鹿だよ」と単簡に送籍君を打ち留めた。(後略)

この「一夜」という小説は「吾輩は猫である」と同じ年に夏目漱石が発表した小説です。
つまり文中の「送籍」君こそが漱石自身という訳です。